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【記事訳】我々が「応答せよ1988」にまた応答する理由 [【韓国ドラマ】応答せよ1988]

韓国ドラマ「応答せよ1988」は、いよいよ今夜(19話)と明日(20話)の放送を待つばかりとなりました。前回18話の視聴率はケーブルTV局なのになんと17.2%(ニールセンコリア)という数字を出すほどで、このドラマに本当に多くの人々が熱狂したようです。

あと2話を残すばかりのこの時点での最大の関心事は主人公トクソンの夫はどちらか?という部分です。各種掲示板などでは視聴者それぞれが予想する夫候補に対する様々な意見や、ドラマの中に出てきた箇所が証拠として提示されたり、あるいはどこから仕入れたのかスポイラー情報も賑やかに飛び交っていていますが、今はただ静かに放映を待つのみです。

撮影は昨日(14日)にクランクアップしたようです。放送のぎりぎりまで編集作業が続くのでしょうね。この2か月間、私もドラマを視聴しながら楽しい時間を過ごすことができました。トクソンの夫が誰であろうと、19話、20話できっと納得のいく説明がなされると期待しています。

さて、夫探しの件は置いておいて、ここでまた記事訳をご紹介いたします。一か月以上前に出た記事なのですが、ドラマの時代設定である1988年について説明している部分が多いので日本語訳してみました。1988年の韓国についてオリンピックが開催されたこと以外に知っていることがほとんどない私には興味深い記事でした。ドラマのストーリーに関するネタバレはないので安心してご覧ください^^(多分この記者さんは第4話、第5話辺りまでの内容を基に記事を書かれたようです)
  
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「色々ニュース」我々が「応答せよ1988」にまた応答する理由

企画/チャン・フェジョン記者(レディ京郷)
文/チョン・ソンミン(フリーランス)
写真提供/ tvN
修正2015-12-07 13:06:36
入力2015-12-07 11:44:40

前作「応答せよ1997」、「応答せよ1994」がその時代の若者たちの初恋と友情を扱っていたとすれば、今回の「応答せよ1988」は双門洞(サンムンドン)の路地にひしめきあって暮らす五軒の日常が中心だ。物語のスペクトラムを広げたお蔭だろうか。世代を問わずこのドラマの前に集まり、それぞれの理由で「応答せよ1988」にはまっている。

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■Part 1 年代別「応答」ポイント

我々が本当に双八(*サンパル/88)年度世代の30~40代

#思い出として今日をヒーリングする

1988年に明朗18歳だった近所の友達五人衆の話が一番うれしい人々は、おそらくその時代を彼らのように過ごした同じ年頃の人々だろう。27年が過ぎた現在、45歳の中年になった人々のことだ。2015年の韓国の45歳といえば男女を問わず、家庭と社会で最も重い荷物を担いだまま日々を暮らしている年齢ではないか。そんな中に「応答せよ1988」から取り出した羽毛のように軽くて楽しかった青春時代の思い出は歓迎せざるをえない。必ずしも45歳でなくても大丈夫だ。その時代に小学生(その頃は「国民学生」)、中学生、高校生だった30~40世代なら皆が共感できる幼年の情緒を鮮やかによみがえらせてくれる。双門洞(*サンムンドン)の五家族、トクソンの家、チョンファンの家、ソヌの家、テクの家、トンニョンの家に暮らす姿は思い出と全く一緒だった。夕方になると路地に鳴り響く「○○○、ご飯ですよ!」という母親の叫びと、父親が帰宅途中に買ってきたチキンの紙袋から漂った幸せな香り。いがみ合う兄弟姉妹たち、遅く帰宅する家族のためご飯一膳を入れた容器をオンドル部屋の一番暖かい場所にしっかりと覆って保温していた心までもだ。

学生時代の思い出も呼び戻す。あの頃は「応答せよ1988」の路地五人組のようにいつも友達とくっついていたのでインターネットとスマートフォンがなくても退屈しなかった。放課後には友達と「ブラジルトッポッキ」のような小さな飲食店へどやどやと詰めかけストレスを解消していたものだ。第3話で放送された「修学旅行」のエピソードも30~40代の懐かしさをもたらした。トクソンが瞻星台(*慶州にある観光名所で新羅の頃の天文台)の前で撮った団体写真は30~40代が学生時代に撮った写真と双子のようにそっくりで笑いを誘い、修学旅行の宿舎だったユースホステルとかくし芸大会も忘れていた修学旅行のときめきをよみがえらせた。今は通りにマンションが立ち並び、子供たちの食事の用意をする親になり、「私たち」よりは個人主義的な生活に慣れてきた。かといって現在が嫌いなのではないが、実際にドラマを通して思い出をたどっているとその時代が懐かしくなる。そして足取りの重い今の日常にも何気にその思い出の暖かい情緒と青春の活力が染み込む。それゆえ30~40代の世代にとって良かった時代の思い出として今を慰めるこのドラマにハマらざるを得ないのではないか。

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#僕たちが熱狂したもの

マイマイミニカセット(*ポータブルカセットプレーヤー)、88ソウルオリンピック、ソバンチャ(*歌手グループ)、パク・ナムジョン(*歌手)、「星夜 (*ピョルパム/星が光る夜に<ラジオ番組>)」、ハイティーン・ロマンス(*ハーレクインロマンス<小説>)、「英雄本色(*香港映画<男たちの挽歌>)」、「情女幽魂(*香港映画<チャイニーズ・ゴースト・ストーリー>)」など当時の文化を見る楽しさも大きい。前作でも時代再現に卓越していた制作陣の力量は今回も遺憾なく発揮された。ドラマの中に登場する1980年代の文化は今では遺物になったり、過ぎた思い出になってしまったものだが、その時代の若者たちにとって眠れぬ夜を過ごさせたり、胸をときめかせる宝物のような存在だった。細々した生活の小道具もほほえましい。珍しがられていたワールドコーン、イタリアーノアイスクリームや、ドラマの中で裕福な家の設定であるチョンファンの家の食卓に並ぶミロ、路地の入口に駐めたポニー自動車も懐かしい。90年代に光を当てた前作に比べ過去の小道具を入手するのが難しく、海外から小道具を空輸したり、コレクターに高価な代金を支払って仕入れたなど、美術チームが非常に苦労したという話だ。

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秘かに浮上する若い頃の思い出 50~60代

#子供たちを育てていた若き日の思い出

ほとんどの50、60代世代がその時代にちょうど結婚したばかりの若い夫婦だったり、子育て中だったはずだ。トクソン、チョンファンのようにもう大きくなった子を育てていた人々は今60代後半から、多くは70代に差しかかっている。もう子育てが一段落して孫ができる歳になったが、「応答せよ1988」はまだ幼かった子供たちが賑やかに暮らしていたあの頃を思い出させてくれる。そして瞬く間に若い頃へ逆戻りする。最近は学校で給食を食べるが、その頃はそうでなかった。お母さんたちは毎朝早起きしてお弁当を作った。ひょっとして冷たいご飯に喉がつかえるのではと保温弁当に入れてくれたりした。隣近所の人々とおかずをおすそ分けして食べるのもよくあった。ドラマで近所の人々がお互いに夕食のおかずをおすそ分けしているうちに結局似たような食事をするようになるのは一種の情だった。

ドラマの中でソン・ドンイルの黄色い給料袋のように、一家の主の給料日には封筒に入ったお金を取り出して数える楽しみもあった。最近のように口座振り込みで金銭がやりとりされる時代には味わえない実感ある喜びだ。今の50~60代にとって80年代は家庭を築き、子供を育て一番忙しく熾烈に生きた時代だ。だから最前線をちょっと退いた50~60代にはTVで全盛期時代へ戻る楽しみが「応答せよ1988」にある。

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#カフェでなく縁台の上でおしゃべり

最近の主婦たちは道端で立ち話をしない。通りに一つはあるカフェに入ってアメリカーノやカフェラテを注文して話に花を咲かせる。洗練されたこの姿もいいが、「応答せよ1988」で主婦3人が路地の縁台に腰かけている姿は野暮ったいが懐かしい。昔の縁台はそれこそ多用途だった。帰宅途中の疲れたお父さんたちを受け止める休憩所であり、親に怒られ鬱屈した子供たちが心を鎮める隠れ家でもあった。何よりも縁台は母親たちにとって最も大切な場所だった。一緒に食材の下準備をしたり、パーマのカーラーを巻いてビールグラスを傾けたりもしたし、夫の話、婚家の話など何でも打ち明けられたサロンだった。今は消えた路地と一緒に無くなってしまった縁台文化を再び見られるというのがドラマで最も懐かしい部分の一つだ。

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不慣れ慣だがなぜかハマっている?10~20代

#今も有効な初恋ロマンス

現在10~20代にとって1988年の様子はただ不思議でおかしな昔のことかもしれない。そんな10~20代も「応答せよ1988病」が始まった。最も大きな理由は「応答せよ」シリーズのトレードマークになったヒロインの「夫探し」のためだ。シリーズの度に続いたミッションなのでうんざりする時もあるが、登場人物の中の誰がトクソンの夫になるのか推理する楽しみは相変わらずだ。また、今の10~20代と同じような年代の主人公たちが初恋を始める姿から時代を超えて共感する部分が形成された。たとえ今はトクソンのように好きな男友達に歌のタイトルをあてがって「あなたにあげられるものはただ愛だけ」という鳥肌モノのメッセージとキャンディーをこっそりと渡す時代ではなく、好きな人ができたら積極的に「ソム」に乗る(*友達以上恋人未満の関係を楽しむ)時代ではあるが。それでもやはり若い頃の初恋に対するドキドキ感は1988年であれ2015年であれ変わらずにきれいな感情なのが確かだから。

#目を引く俳優の発見

10代~20代は思い出をよみがえらせる楽しみの代わりに、新しい顔ぶれを発見する楽しみにより引き寄せられている。特にネット上ではヒロインのトクソン(ヘリ扮)の夫候補として取り上げられている男子チョンファン(リュ・ジュニョル扮)、ソヌ(コ・ギョンピョ扮)、テク(パク・ポゴム扮)に対する関心が熱い。三人の俳優の魅力の比較から夫の確率までインターネットには路地3人に関する書き込みがあふれている。これに乗じて有力な夫候補のチョンファンを称して、どうせ夫はリュ・ジュニョルという意味の「オナムニュ」という言葉が検索語に上がったりもした。優等生ソヌが慕う相手がトクソンの姉ポラ(リュ・ヘヨン扮)という主張もかなり説得力を得ている。一方天才囲碁棋士として登場するテク役のパク・ポゴムに対する関心も高まり、ファンクラブ会員数が急増しているという。あわせて「ポゴム福祉部」というセンスあるファンクラブ名も話題になった。

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■Part 2 「応答せよ1988」の中のまた別の物語

①双門洞でなく議政府と仁川

ドラマの主な背景である双門洞(*サンムンドン)鳳凰堂(*ポンファンダン)の一画は実在ではなく、野外に作られたセット場だ。実際に路地で撮影しようかと考慮したが、路地もほとんど消えてしまったうえに家ごとにかかっている新地番プレート、BSアンテナ、自動車などあまりにも多くて現実的に不可能だったという。そこで議政府に路地一画をまるごとセットとして建てて撮影中だ。またドラマの中の子供たちが通う双門女高と双門高も道峰区双門洞にある実在の学校ではない。二つの学校の撮影はそれぞれ仁川の信明女子高校と保健高校でなされたという。仁川保健高等学校はドラマ「高校世渡り王」、「君を愛した時間」などを撮影した場所でもある。

② 江南 銀馬アパートが5000万ウォン?

天才囲碁棋士であるテクが優勝賞金として5000万ウォンを受取ると、路地の人々の開いた口が塞がらなかった。ソヌの母はテクの父親に「江南で有名な銀馬アパートが5000万ウォンほどするんだって。アパート買いなさいよ」と助言したが、放送直後にこの台詞がしばらく話題になった。「その価格では足元にも及ばなかった」、「あの町内に暮らしていたが、その話が正しい」など時ならぬ舌戦が繰り広げられた。真実はどうなのか?調べてみると1988年12月末当時の基準で銀馬アパートは34坪の売買価格は6500万ウォンから7000万ウォン程度だった。(現在の価格にして約11億ウォン)。なので5000万ウォンで銀馬アパートを買いなさいという言葉は双門洞のソヌの母親がその地域の相場をよく知らずに言った言葉だということ。ところでテクが受取った賞金は5000万ウォンが全てではない。友達の台詞の中に「昨年テクが稼いだ額は1億」だというのが出てくる。それでテクの父親はその気になれば銀馬アパートを購入してもまだ余るのだ。

③ 金利が下がって15%にしかならない

これもテクの優勝賞金5000万ウォンをどこに投資するのかという話をしていて出た台詞だ。ドラマの中で銀行員のソン・ドンイルが「最近は銀行の金利が下がって15%にしかならない」というくだりで失笑を買った。最近は銀行の預金金利が1年に1~2%代の超低金利時代ではないか。急激な高成長の時代だったその頃はお金が少しでもあればそれだけ機会が多かった時代でもあった。もちろんその裏には影もあったし、高成長の副作用が蓄積されその後IMF通貨危機が起こったりもした。それにもかかわらず超低金利、超低成長時代が長引くという灰色の展望しかない現在。「低い金利15%」が羨ましいのは当然のことではないか?

④ 正義女子高前のブラジルトッポッキ

ドラマの中で「ブラジルトッポッキ」が出てきた日、インターネットでは「双門洞正義女子高前に本当にあった」という証言が続々と寄せられた。今は消えたが同じ屋号の粉もの屋があったというのだ。あわせて「必ずマンドゥとトッポッキを一緒に食べた店だった」、「お店のご主人が親切だった」などブラジルトッポッキに関する思い出を再確認した書き込みもたまに上がっている。視聴者たちは細かい考証(?)までしていた制作陣に驚きを隠せなかった。

⑤ 建国大 映画学科のライン集合

偶然にも双門洞の路地の五軒のうち4名の俳優が似たような年代の建国大映画科出身たちで構成された。それはヒロインのトクソン役のヘリ、ポラ役のリュ・ヘヨン、ソヌ役のコ・ギョンピョ、チョンファン役のリュ・ジュニョル、5浪中の兄チョンボン役のアン・ジェホンだ。アン・ジェホンが映画学科05学番(*大学入学年度)で最も先輩であり、コ・ギョンピョが09学番、リュ・ヘヨンが10学番だ。特にこの二人は学生時代から親しい友達という。ヘリが13学番で一番年下だ。この4人は同窓という共通点で撮影現場でも絆が深いという。

⑥ 路地3人衆の修学旅行 ソバンチャのシーン

慶州の修学旅行エピソードではチョンファン、ソヌ、トンニョンがソバンチャに変身した姿が話題になった。当時ビックバンに匹敵する人気を博したソバンチャのダンスを完璧に再現するため三人の俳優は二か月も練習をしたという。長時間練習したということが恥ずかしかったのかチョンファン、トンニョンは練習時間を少な目に話す控えめさを見せたりしていたが、どちらにしろ三人の男が見せてくれたソバンチャの「ゆうべの話」は確かに楽しく、修学旅行の思い出を引き出すのに十分だった。

⑦ 鳳凰堂は貴金属店?

双門洞の路地の入口に位置する鳳凰堂。どこかで聞いたことのありそうなありふれた貴金属店の名称だ。それなら実際に双門洞の鳳凰堂という名前の貴金属店はあったのだろうか?これもやはり実際にこの町内に住んでいた人々の証言が出てきているが、実際には鳳凰堂という貴金属店はなく、似たような名前もなかったというので、制作陣の純粋な創作だ。勿論ドラマの中の鳳凰堂の看板に書かれた992-8662という電話番号も実際にはない番号だ。直接かけてみた。

⑧ アイゴ~ソン社長~ こりゃまたホントに嬉しいな。嬉しいです。

ドラマの中でチョンファンの父親であるキム・ソンギュンはどうしようもないギャグマニアだ。家族の冷やかな無反応にもめげず「アイゴ~○○社長!こりゃまた本当に嬉しいね嬉しいです」、「シレシ~レハムニ~ダ(*失礼します)」など誰かを見かけると所構わず逆を飛ばす。彼が主に言っている台詞は当時の人気コメディ番組「ユーモア一番地」の流行語。彼の寒いギャグを受けとめてくれるのは下の階に住むトクソンだけだが、彼の口は休まない。お蔭で最近その頃の思い出のギャグの流行語をしばしば口にする人々が増えている。2015年も1988年のギャグにウケるとは、人々の趣向は案外変わらないものなのか?

⑨ プラカードガールのエピソードは本当だった

最も期待を集めた「88ソウルオリンピック」関連のエピソードはトクソンがプラカードガールに選ばれたことで構成された。しかし半年間の訓練にも関わらずマダガスカルが突然不参加宣言をしたため号泣する様子が繰り広げられた。ところが実際に当時トクソンのような「悲劇」を経験したマダガスカルのプラカードガールがいた。その主人公のインタビューを扱った1988年9月12日付けの東亜日報記事が放映直後に話題になったりした。インタビューで演劇映画科進学を希望していた高校生ユ某さんはこの後航空運航科を卒業し航空会社の乗務員になったというネットユーザーからの情報も続いた。


[Mini Interview] 
シン・ウォノPDが明らかにした「応答せよ1988」ビハインドストーリー

Q:何故双門洞の横丁なのか?

A:私自身が横丁で育った。その時代の情緒が懐かしく、その中での関係を扱いたかった。皆大変だというこのご時世に路地の情が恋しい人々が多いのではという思いもした。その時代の一番平均的な生活状態にある路地としてソウル道峰区双門洞を選んだ。

Q:女優のキャスティングは冒険する傾向があるようだが?

A:私はまだドラマが何かよくわからないバラエティ番組のPDだ。キャラクターとどれだけ調和するかだけを見る。ヘリはキャスティングの前からドラマの中のトクソンのキャラクターを掴むのにとても助けになった。バラエティに出演している姿を見ながら愛される子だと思った。ところが正直途中でMBC-TV「チンチャサナイ(*男の中の男)」で大きく浮上したのでキャスティングを諦めようかと思った。既にスターになっているのに我々のドラマに合わないだろうと思ったが、演技に典型性がない点が気に入って最終キャスティングした。

Q:1988年という時代をどのように見せるのか?

A:歴史的な出来事を小市民はどんな風に経験したのかを悩んだ。「応答せよ1994」で三豊百貨店崩壊事件は私の経験がベースだった。家の人に三豊百貨店に服を買いに行くと言って出かけたのだが、結局明洞へ行った。ところが急にポケベルが一斉に鳴りまくった。こんな風にアプローチしようと思う。今回のドラマは家族の物語が骨子だが、ここに大きな政治的イシューなどが入ってくればアイデンティティがぶれないのではと思う。

Q:過去の話をするのに別の苦労はないのか?

A:私とイ・ウジョン作家は1988に中学一年生だったので高校生と大人たちが何を考えてどう生きていたのか理解している部分があまりなかった。当時を経験した数百名にインタビューしながら資料調査をした。ところがこれが私的な生活を記憶することなので記憶した内容が全部違ったのだ。例を挙げるとある人はその頃コンロ(*石油コンロ)を使ったといい、ある人は既に無くなった時代だったという風なのだ。前作より物語のフレームをどうやって決めるべきか本当にたくさん悩まなければならなかった。若い俳優たちがその頃の時代文化をよく知らずにダンスを踊らなければならない時は私が直接見せたりもする(笑)。

Q:中堅俳優たちに助けられたのか?

A:ソン・ドンイルなど俳優たちに大きな助けをもらっているところだ。作家やPDを始めとした制作陣が皆若いので内容を検証してくれる人が俳優しかいないのだ。キム・ソンギュンも35歳でまだ若いが小市民たちがどのように暮らしていたのかを本当によく知っている。お蔭で大変助かった。

<企画/チョン・フェジョン記者(レディ京郷)・文/チョン・ソンミン(フリーランサー)・写真提供/tvN>

記事原文↓

(日本語訳=花かんざし *印=訳者註)

◆単語ノート◆
・옹기종기(オンギジョンギ)…大きさの違う小さなものが多く集まっているさま。
・아랫목(アレンモク)…オンドル部屋の焚き口に近い部分。オンドル部屋で特に暖かい場所のこと。
・월드콘(ウォルドゥコン)…ワールドコーン 1986年から発売のロッテ製菓のコーン型アイスクリーム
・마일로(マイルロ)…ネスレ社が販売する粉末麦芽飲料。日本では「ミロ」。英語圏では「マイロ」と発音。
・포니(ポニ)…現代自動車が1975~1990年に製造した乗用車
・행여(幸-/ヘンヨ)…幸いに、もしや、もしかしたら
・평상(平床/ピョンサン)…縁台
・찬거리(饌-/チャンゴリ)…おかずの材料
・다듬다(タドゥムダ)…整える、野菜の根などを切り取ってきれいにする
・오글거리다(オグルコリダ)…お湯がぐらぐらと沸き立つ、小さい虫がうじゃうじゃ集まる、恥ずかしい、照れくさい、ぞっとする、鳥肌が立つ
・썸을 타다(ソムルタダ)…someに乗る、썸(some)は썸띵(something)の略。男女の友達以上恋人未満の関係を表す新造語で「썸」という歌が由来。썸に乗るという表現でそういう関係にあることを表す。
・덩달다(トンダルダ)…덩달아の形で、尻馬に乗る、雷同する、つられる
・어남류(オナムニュ)…어차피 남편은 류준열(オチャピ ナムピョヌン リュジュニョル)の略語で主人公の夫候補チョンファン(リュ・ジュニョル)を称して「どうせ夫はリュジュニョル」という意味。一方の夫候補テク(パク・ポゴム)を支持する人々は「어남택(オナムテク)」という言葉を使用。
・보검복지부(寶劍福祉部/ポゴムボクチブ)…보건복지부(保健福祉部/ポゴンボクチブ)にかけているようで^^
・어림도 없다(オリムド オプタ)…足元にも及ばない
・대목(テモク)…話や文の特定部分 くだり
・심심치 않게(シムシムチ アンケ)…退屈しない、たまに、심심하지 않게を縮めた表現、심심찮게も同じ。
・엇비슷하다(オッピスタダ)…やや似ている
・돈독하다(敦篤--/トンドカダ)…人情に厚く誠実だ
・못 말리는(モンマルリヌン)…やめられない、どうしようもない
・피켓걸(ピケッコル)…プラカードガール


応答せよ1988番組公式HP

ドラマ公式Facebook

ドラマyoutube映像
↑ここから「reply1988」で始まる動画を選んでください


◆記事に出てきた内容の参考になりそうな資料◆

◇ヒロイントクソンとその家族の撮影風景
♪トクソンの両親は応答せよシリーズでお馴染のソン・ドンイルとイ・イルファ
このドラマの最初の数話では姉妹の激しい言い争いの場面に驚きますが、徐々に分量は減っていきます。
 
◇主人公5人衆の紹介 
♪テクの部屋が5人衆のたまり場。冒頭TVで見ているのが「英雄本色(男たちの挽歌)」

◇双門洞の路地の光景
♪夕食のおかずをおすそ分けする光景

◇キム・ソンギュンとトクソンの「アイゴー〇〇社長!」のギャグ
♪キム・ソンギュンのギャグに付き合うのはトクソンだけ。その後囲碁大会で優勝して賞金5000万ウォンを受取ったテクが登場すると大人たちは大歓迎。

◇修学旅行でのソバンチャのダンス
♪双門高、双門女子高とも同時期に慶州へ修学旅行にいったのでした。双門女子高の修学旅行でのかくし芸大会に登場した双門高の男子3人(チョンファン、ソヌ、トンニョン)

◇ブラジルトッポッキ
♪ロケ地情報 実際の撮影は 청남도 서산시 해미면 읍내리にある얄개분식で行われたようです

◇応答せよ1988 OST Part.1 青春のMV 歌:キム・ピル&キム・チャンワン
♪縁台、マイマイミニカセット、台所の石油コンロ、ご飯をオンドル床のあたたかい所に置いて保温する様子など1988年当時を再現したセットと小道具がたくさん見えます。
  

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