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「朝鮮の最後の皇女 徳恵翁主」 [【韓国小説】徳恵翁主]

徳寿宮その17.jpg

先日の韓国旅行では何度も本屋へ立ち寄りました。その時のベストセラー小説第1位だったのが、クォン・ビヨン作「徳恵翁主/トッケオンジュ」でした。
確かに地下鉄の車内で熱心にこの本を読んでいる女性を見かけたこともありますし、他にも「徳恵翁主」というタイトルの本がいくつかあったので、なんだか気になって買ってしまいました。
日本に戻ってまずは巻末に書かれていた著者の言葉を訳してみました。そこには意外な事実が書かれていました。



「徳恵翁主」著者の文

   *  *  *  *  * 

 心の中で抱いた女人


徳恵翁主の恨の多い人生を小説に書かなければという考えを持ったのは、偶然に対馬へ旅に行って来た直後だった。ひょっとしてそれは何かのお導きだったのかもしれない。

徳恵翁主と宗武志(そう・たけゆき)の結婚奉祝記念碑、万松院などに立ち寄りながら、私は初めて徳恵翁主の人生に関心を持った。それで旅行から戻るとすぐ狂ったように資料を探し始めた。しかし徳恵翁主に関する完全な資料は見つからなかった。ネットカフェのあちこちにかけらのように散らばっている写真と噂のように流れている断片的な話があるばかりだった。

噂は責任が無い。たださすらって消えていくだけだ。それなのに徳恵翁主についての噂は無視する事ができない力を持ってまるで真実のように固められていた。私はそんな飛びかう噂に反感を抱いた。
「そうだ、徳恵翁主をひっそりと生き返らせよう」
そのように決心してコンピューターの前に座ったが見えるものは壁だけだった。


私は壁を手探って、その壁の中に隠れている触覚だけで探す事ができる何らかの糸口と歴史的過程などを編んで心の中にクモの巣を作り始めた。

そんなある日、夢で徳恵翁主を見た。彼女は私が彼女の墓所に供えた香りのかぐわしい紫色の小菊を持って立っていた。彼女は何も言わなかったがその目に込められた思いは読み取る事ができた。これはお告げだと思った。私はますます緻密なクモの巣を編まなければと誓った。高宗が樹立した大韓帝国が実に歪曲された部分が多いということを確認しながら、その歴史の渦の中で犠牲になった人々に対する無知に心が痛かった。


徳恵翁主の話をまともに書いた人は日本人「本馬恭子(ほんまやすこ)」だ。彼女が書いた「徳恵姫―李氏朝鮮最後の王女」は最も完璧な参考資料だった。ハングルで翻訳されていないこの本を図書館で発見した瞬間、私は本当にとても恥ずかしかった。本馬恭子先生が書いた献辞のためだった。

――この本を献贈いたしますので、たくさん読んで下されば有難く存じます。この本は徳恵翁主の生涯について書いた本です……。

日本人の彼女が本を書き、我が国の色々な図書館に寄贈していたこと。私はこの本を地方大学の図書館で探し読むことができたのだが、難しい本を手に入れた喜びよりは日本人が徳恵翁主の生涯に光を当てていたと言う事実に本当に気まずい思いだった。

私は日本人が書いたその徳恵翁主の一生をハングルに翻訳しながら読んだ。そして気まずい思いを心に収めて、熱病に罹ったように小説を書き始めた。とうとう原稿の「終」を書いた時、ようやく心の隙間がぎっしりと埋まった。あとは出版社さえ見つければいいだろうと考えていたのだが、なんと!

本馬恭子の「徳恵姫」を翻訳した本が出版されたということを知った。私は絶望した。私より先に徳恵翁主に関心を持っていた人がいたとは。後の祭りになってしまった。私はその本を買って再び読みもう一度原点へ戻ってきた。小説の構成の多くの部分を書き直し、多くの部分をもう一度書き始めた。初めてより再び書く方がむしろ簡単だろうと考えながら、私はまた熱病を患った。再び対馬に行った。また行った。はじめに見えなかったことが再び目に入ってきた。徳恵翁主の粗末な墓所も訪ねてお参りして昌徳宮で彼女の痕跡を探してみて、何度も壊れる心を確かめた。あ~彼女の痕跡を探してどれだけ多くの場所をさまよい歩いたか。その頃にはある使命感まで感じた。


そうして一年……。

徳恵翁主の悲しい人生が今まさに小説の形で世に公開される。仮にも小説という形を借りたが歴史的で正確な記録より、不運だった皇女の心がより深く読まれることを、もう少し深く彼女の人生を理解するための手助けになることを願う。


この本は多くの方々の助けが無ければこの世に出て来られなかっただろう。資料を探しさまよう間助けてくださった方々が多い。

忙しい海外出張中にも日本語翻訳を引き受けて下さったK先生。徳恵翁主についての小説を書く事に力を貸してくださり、激励して下さり、良い出版社を紹介して下さったL先生。徳恵の詩を探し送って下さったソウル大学校博物館人類民族学部のK研究員。貴重な資料を見せて下さった釜山外国語大学校のK教授。私と同じくらいこの小説に関心を持ち同病相憐れんでいた茶山書房のJ……。

感謝の気持ちを込めて大きな声で叫ぶ。

「ありがとうございます」


最後にこの小説を最終的に出版決定して下さったキム・ソンシク社長に感謝の気持ちを伝える。

【クォン・ビヨン「徳恵翁主」著者の文より】

  *  *  *  *  * 

日本人が書いた「徳恵姫」の本が韓国の各地の図書館に寄贈されていたなんて。ところで本馬恭子さんの「徳恵姫―李氏朝鮮最後の王女」は現在入手困難な書籍のようです。近隣の図書館にもありませんでした。

この王女の存在に最初に注目して本に書いたのは日本人作家でしたが、現在の日本では読むことが難しくなったこの王女の物語が今再び韓国で別の韓国人作家によって甦り多くの人に読まれているなんて。

実は韓国の書店でこの本の韓国語翻訳版をみかけたので、買おうかとも思いました。桜のイメージの美しい装丁の本でパラパラと中を見てみると多くの詩が載っていました。でもよく見ると作者が日本人の名前だったので日本で原書を買えばいいやと思い購入しませんでした。(戻ってから入手困難を知りました)

ベストセラーの「徳恵翁主」はビニールがかけられていて立ち読みできないようになっていました。どちらを買おうか迷ったのですが、両方買えばよかったかしら?でも、韓国語の本を読むなんて私にできるかどうか…

あまり自信がなかったので、実はもう一冊、子供向きに書かれた「徳恵翁主」の本も買いました。只今カタツムリの歩みで読書中です。


2012.01.20追記】

徳恵翁主(涙の花)

作詞・作曲・歌:ホ・ジンソル(ソプラノ歌手)
 

ホ・ジンソルさんのHPはこちら↓
http://huhjinsul.com/

Kimさん、動画とサイトのご紹介ありがとうございます

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まりこ(長文ですみません)

花かんざしさん こんばんは☆
徳恵翁主についての資料って、実はすごく少なかったんですね。
すごく不思議なんですが、私、このトップに載せられた本をどこかで見たことがある気がしてしょうがないんですよ。
新聞の新刊紹介かなぁ・・だけどこれは韓国語の本ですよね。とっても謎です(笑)
それよりも、私は「徳恵翁主」の作者の言葉にひきつけられました。
夢の中で徳恵翁主を見たこと、そして一度は作品を書き上げたにも関わらず、本馬恭子氏の「徳恵姫」を翻訳した本が出版されたということを知り、再び対馬を訪れ、本を書き直したこと。
これは、この作者がより徳恵翁主の人生にそったものを書くために用意されたプロセスのような気がしてなりません。
是非とも読んでみたいです。
韓国では本馬恭子さんの本が訳されて読まれているんですねぇ。いいなぁ~。実はアマゾンでその原作を見つけましたが、中古しかなく、しかも高いです(汗)。
花かんざしさんは絵本を読まれているとのこと、実は私、SAMTAさんに勧められてNHKの韓国語講座を見始めたんですが、ハングルって覚えるのが難しいです・・。
母音をまず覚えたいんですが、実際に「あお」などをハングルに直したりして覚えてみるところからスタートしようかなと思ってます。
長文で失礼しました。
by まりこ(長文ですみません) (2010-04-28 20:28) 

花かんざし

まりこさん、こんにちは♪
コメントありがとうございます!長文大歓迎ですよ~^^

この表紙に描かれている何かを訴えているような悲しい眼の女性は一度見たら忘れられませんね。
もしかしたら日本でもこの本がどこかで紹介されていたのかもしれませんね。

出版までの紆余曲折の過程は、まるで運命に翻弄された徳恵翁主の人生と同じくらいに劇的ですね。
でもまりこさんのおっしゃるとおり、真の徳恵翁主の姿により近いものを書くために準備されていたプロセスだったのかもしれませんね。

韓国の本屋には日本の小説がたくさん翻訳されて置いてありました。だから逆のパターンでこの小説も日本語に翻訳されたものが出ないかしら~と秘かに期待しています。

まりこさんも韓国語の勉強を始められたのですね!
私も一番初めはテレビ講座から始めました。
新しい事を知る喜びと楽しみで今も相変らずラジオのハングル講座を欠かさず聴いています。
お互い頑張りましょうね!

by 花かんざし (2010-04-29 16:45) 

ppyy

花かんざしさん こんにちは。
まりこさん こんにちは。

徳恵姫の本馬さんの著書 私は地元の県図書館から取り寄せで 以前 読みました。
ぜひ地元の県内図書館リンクで検索してみてください。

本馬さんは 宗氏が 対馬で一緒に元気に育った家の少女
のお孫さんにあたり 長崎で高校の先生をされていたようですよ。小さい時から 祖母から彼の劇的な生涯や 思慮深いお人柄などを少しでもきいておられたんですって。

多くを語れない病気の徳恵姫とのことなど 当時の政治・社会情勢や日韓関係に翻弄されたこの夫婦は それこそ 当事者だけが知っている実情があったのだと思わせられました。
宗氏は とても人格者で 戦後何年も 彼女の境遇を巡ってさまざまな論調が飛び交った中 あえて沈黙を守り続けた人だったようです。そうすることで いろいろな所から自分たちを守られたんだなと痛感させられました。私は 夫の立場だった彼の人生にも 随分感動を受けました。

韓国側から書かれた おふたりのことが どんなものになっているのか 興味がわきます。



by ppyy (2010-04-29 16:49) 

花かんざし

ppyyさん、こんにちは♪
コメントありがとうございます!

以前に「徳恵姫」の事をお読みになっているとおっしゃっていましたが、本馬恭子さんの本を読まれたのですね!
私の住んでいる所では、残念ながら市内、県内とも在庫がありませんでした><

この夫婦の事に関しては様々な噂が飛びかっているようですが、ppyyさんが読まれた本には素敵な旦那様のことが書かれているのですね。
貴重なお話をご紹介下さりありがとうございます。

もののためしに延世大の図書館の蔵書を調べたら日本語、韓国語の両方の在庫がありました。でも借りられないって!

今後徳恵翁主のことが日本でも話題になればまた再出版されることもあるかも。。。と淡い期待をしながら、まずは韓国語の方を読み終えることを目標にしたいと思います。

by 花かんざし (2010-04-29 17:22) 

まりこ

花かんざしさん ppyyさん こんにちは。
私はとても花かんざしさんの足元にも及びませんが、ちょっとずつでもハングルを覚えていけたらなと思っています。ありがとうございます^^
そしてppyyさん、初めまして。まりこと申します。
本間さんのお祖母さんって宗氏の縁の人だったんですね~!驚きました。
しかも、教えてくださった宗氏の境遇は、私が初めて翁主を知ったウィキペディアと一致していて、本当だったんだと感動しました。
いろいろと教えてくださってありがとうございました。
私自身は翁主の病気については、もっとクローズアップされてもいいのではないかなと思っています。
それこそどこまで本当かは分かりませんが、もしそういうご病気であったのなら、私達が真実を知り理解することで、長年苦しまれたであろう翁主へのご供養になるのでは・・と思っています。
私も市や県で検索してみたんですが、最初は見つけられなかったものの、ちょっと待てよと思い本間さんのお名前で検索したら・・ありました!市のほうに「徳恵姫」が一冊だけ!
そりゃ徳恵翁主で検索してもあるはずがないですね(笑)。ppyyさんのコメントを読まなければミスに気づきませんでした。ppyyさんありがとうございました☆早速予約しました。 
花かんざしさんは延世大に問い合わせされたんですね~!すごい・・。
まりこ市の図書館は県内の他の市と連携していて、居住の市になくてもよそにあれば取り寄せてくれるシステムがあるんですが、花かんざしさんの市はどうでしょうか?こちらは田舎にも関わらずそういうシステムがあるので、もしかすると花かんざしさんのところもどうかなと・・。違ってたらごめんなさいm― ―m
いずれにせよ、あちらで映画化やドラマ化されたら、日本でもそうなる可能性は高くなるかもしれませんし、そうなったらそれこそ再出版もあるかもしれませんね。長文で失礼しました。
by まりこ (2010-04-30 14:36) 

ppyy

花かんざしさん まりこさん こんばんは。

まりこさんの市の図書館はすごいですね!
花かんざしさんの所は 残念でしたね。
いつか日本語版に出会えるといいですよね。
宗氏が唯一世間に向けて発信されていた 多くの詩歌を
分析されたような内容も多かったので 
ハングル訳よりは原文のままのほうが
味わいやすいのかもしれませんね。

昨日 赤坂プリンスホテルが閉館というニュースがありましたね。旧館は 李皇太子と方子妃が住んでらした所なのですよね。妹の徳恵翁主もこの建物にも寄られたはずで・・
幸い この建物は残されるということで 近世の建築が遺されてほっとしました。
by ppyy (2010-04-30 22:28) 

花かんざし

まりこさん、こんにちは♪
コメントありがとうございます!

私わりと諦めが早い性格なので、この本も「そのうちご縁があれば読めるさ」程度に考えていましたが、まりこさん、ppyyさんのコメントが縁を結んでくれました。

まりこさんのコメントでもう一度探してみました。
そして建物の名称が図書館でなくても、施設内に図書室を持っているところがあることに気がつき、県内の女性センターを調べたところ、蔵書を発見!ようやく探していた本を手にすることができました(感涙!)

本当にありがとうございます!!

まりこさんも既に予約済みなんですよね☆
入手困難かと思った書籍をこうして皆さんとご一緒に読み、語れるなんて夢のようです。。。

ちなみに私の住む市の図書館に問い合わせたところ、まりこさんがお住まいの地域の図書館と同様、市で所蔵していない書籍でもリクエストすれば県や他の市町村など連携している近隣の図書館から取り寄せ可能なシステムがありました。
これも初めて知りました。
ありがとうございます!!

そうそう、延世大の図書館はPCから検索可能ですよ。

by 花かんざし (2010-05-01 13:02) 

花かんざし

ppyyさん、こんにちは♪
コメントありがとうございます!
そして↑にも書きましたが、お蔭様で「徳恵姫」を手にすることができました。
本当にありがとうございます☆

チラッと中身を見ると~。
名前がなかった徳恵を心配していた高宗が寺内総督を幼稚園へ連れて行き、そこで徳恵たちが「ハトポッポ」を可愛らしく歌う場面は今読んでいる児童用「徳恵翁主」にも書かれていたエピソードでした。
もう一つ徳恵の異母兄である李垠が日本に留学されられたまま一度も帰省させてもらえないことに苛立った実母の厳妃と寺内総督がやりあったエピソードも書かれていました。
この後この児童用「徳恵翁主」を読む時に大変参考になりそうです。

そして写真も多く載っているのもいいですね~。
韓国小説「徳恵翁主」はカバー裏に小学生の頃の徳恵の写真が一枚あるだけでしたので、これもうれしいです。

赤プリ旧館は李垠の邸宅だったのですね。色々繋がってきました~。
建物は保存されるようでよかったです。

by 花かんざし (2010-05-01 13:05) 

まりこ

花かんざしさん、ppyyさん、こんにちは♪
おぉ~本があったんですね~!おめでとうございます☆
ほんとに良かったですね^ ^
施設内に図書館を持っているところってあるんですねぇ。
これは私も初めて知りました。私の方こそありがとうございます☆☆

私も諦めが早いほうなんですが、今度のことでwikiで徳恵翁主のことを知ったのも、こちらで翁主の縁の建造物を拝見したのも、この本と巡り会えたことも、すべてが偶然ではあるのですが、「世の中に偶然はなく、すべて必然である」という言葉が本当であるならば、私はこの翁主と出会うべくして出会ったのかなと思っています。

ちなみにppyyさんの言われるように、フランス語に関心があります。確かに発音は似てるかも。いつになるかは分かりませんが、関心を持つのと持たないとでは未来は違うものになると思うので、その気持ちはずっと持ち続けたいと思っています。まずはハングルの・・母音から^ ^
by まりこ (2010-05-01 15:25) 

ppyy

花かんざしさん 女性センターに蔵書があって本当によかったですね。
な~るほど。こういう場所も探すといいんだなと
こちらこそ 教えていただきました。
それと 図書館は近隣の県から相互、という まりこさん情報もありがとうございます。

明成皇后を失ったあとに 生まれた徳恵翁主だったので
高宗はさぞやうれしかったでしょうね。
王室は 歴史的にも 政権抗争のために 王の血をひく子供に 悲劇が何度も訪れていたそうですね。
高宗の時代には さらに いろいろな帝国からの圧力の中で 王室維持と 後継者を巡るかけひきなどもあったんですよね。
その中で 李垠は幼少から日本へ、徳恵翁主も、日本語の授業を受け どちらも日本人との婚姻を画策されたんですね。高宗は 親としても 複雑な気持ちだったでしょうね。

以前 知人からハングルの新聞記事で 花かんざしさんがおっしゃっていたベストセラー本を 教えてもらったことがありました。
その記事には10歳前後の 利発そうなとても可愛い顔の写真が載っていました。
が 日本に来たあとから どんどん表情が暗くなっていかれたとか。大人になると 本当に小柄で華奢で 深い帽子で表情を隠しているような印象です。
立場的なこともあり誰にも本音を話すことができなかったのでしょうか・・・。

また 読まれて ご感想 お聞かせください。

by ppyy (2010-05-01 20:41) 

花かんざし

まりこさん、こんにちは♪
コメントありがとうございます。

本当に夢を見ているような気分です。
韓国でホンマヤスコさんの徳恵翁主(韓国語訳)を見かけて、その後原書を探し色々調べても蔵書もなく、書店にも出版社にも在庫がなくて、ダメだと諦めていたのに。

>「世の中に偶然はなく、すべて必然である」
そうなのかもしれませんね。
徳恵翁主の「私を記憶してください」というメッセージが聞こえてくるような気持ちです。

フランス語のことはさっぱりわかりませんが、聞いていて耳に心地良い音だなあと思います。その国の言語に触れることはその国の事を理解するための第一歩でしょうし、関心を持ち続けることもとても大切な事だと思います。

韓国語も同様ですね。ハングルが読めると楽しいですよ~。
韓国語の母音には日本語に無い発音があるので、難しいです~。
私が未だに聞き取りが苦手なのと、自分の発音が良くないのは母音の正確さが足りないので、私もラジオ講座で復習しないと!

by 花かんざし (2010-05-02 18:34) 

花かんざし

ppyyさん、こんにちは~♪
コメントありがとうございます。

本当に皆さんのお蔭で望んでいた本を運よく手にすることができました。韓国語だと本当にもどかしくて。でも日本語だと当たり前ですが苦労なしに読めるのでありがたいです。

ppyyさんは以前からこのベストセラー本をご存知だったのですね~。

現在読んでいる児童版ではまだ幼いころの愛らしい徳恵の姿が描かれています。幼いのになぜ父上が悲しんでいるのかをよく理解していた聡明な姿も書かれていました。

高宗が60歳の時に生まれた娘。閔妃が殺害され、乙巳(ウルサ)条約以降国を奪われ、何の力もなくなってしまった老いた高宗にとって徳恵の笑顔が唯一の慰めだったと書かれていました。
その徳恵がだんだんと心を病んでしまって。
悲しい物語のようですね。

でも「徳恵姫」の冒頭では、結婚生活に愛があったことを論証するという作者のはじめのことばに一筋の光を見たような。

また読書後に感想を書きます~☆

by 花かんざし (2010-05-02 18:36) 

花かんざし

sheri様、はじめまして。
nice!ありがとうございました♪

by 花かんざし (2010-05-09 22:15) 

1969

 はじめまして。
 徳恵翁主について検索をしていたら、このブログにたどり着きました。
 本馬恭子氏の「徳恵姫」は持っていますので、読みました。
 昭和25年に張赫宙氏の書かれた「李王家悲史 秘苑の花」という小説があります。李王垠殿下の口述を元にして書かれたという作品で、明治40年の英親王途日から昭和20年まで書かれていますが、この作品中にも厳妃と寺内正毅大将との対話が出て来ます。この作品の参考文献としてあげられた権藤四郎介著「李王宮秘史」という本に出て来る話しなので、この本が出典でしょう。
 当方にとって「秘苑の花」は、とても大切な本です。何故李王垠殿下は、それまで面識もないであろう「親日派」文学者の張赫宙氏に半生を語ったのか、自らの祖国を捨てたはずの張赫宙氏は李王垠殿下の半生を小説にしようとしたのか、その双方が絡み合って解けません。
 殆ど古書市場に出まわらない本で、李王家について書かれた本では「英親王李垠伝」位しか言及されていませんが、機会があれば一度お読みになって下さい。
by 1969 (2011-04-19 23:50) 

花かんざし

1969様、はじめまして。
ご訪問とコメントありがとうございます。

本当に貴重な情報をありがとうございます。
図書館にならもしかするとご紹介下さった書籍があるかもしれませんね。
探してみます。


by 花かんざし (2011-04-20 00:13) 

Kim

ドクヒェオンジュのテーマについて、"涙の花"というタイトルで、音楽も出ました。ご紹介します


by Kim (2012-01-19 19:14) 

Kim

申し訳ありません。音楽のあるサイトのアドレスは次のとおりです。
http://www.youtube.com/watch?v=KAyC-GSCHT0

by Kim (2012-01-19 19:44) 

花かんざし

Kimさん、はじめまして!
コメントと動画のご紹介ありがとうございます。

徳恵翁主の歌があることを今日初めて知りました。
歌っているのはホ・ジンソルさんという方ですね。
教えて下さって本当にありがとうございます^^


by 花かんざし (2012-01-19 23:48) 

Kim

私もドクヒェオンジュへの関心があまりにも大きいです。
むしろ、日本でもっと関心を持っておられ...

感謝しています。

ホジンソルウさんのホームページのアドレスをインターネット上で見つけました。- http://huhjinsul.com/

Christian Contemporary Music(CCM)Artistでありながら、クラシッククロスオーバー音樂の歌手だそうです。ホームページの右下にドクヒェオンジュミュージックビデオがリンクされています。


by Kim (2012-01-20 10:05) 

花かんざし

Kimさん、こんにちは!
コメントありがとうございます^^
そしてサイトのご紹介もありがとうございます。
記事本文の方に動画を貼ってみました!

アルバム曲の試聴(1分間)もできました~。
オペラやミュージカル曲など幅広い活動をなさっていらっしゃる方のようですね。

色々見ていたら、
2010年の7月に徳恵翁主の朗読会でこの歌を披露されていたようですね。
この小説はラジオドラマになりましたが、
いつかTVドラマ化されるといいですね。

by 花かんざし (2012-01-20 14:48) 

Kim


花かんざしさん、

ここに先生の韓国語の勉強を助けるために、"涙の花"の歌詞を韓国語に残します。感謝しています。- Kim

---------------------------------------------------------- 눈물 꽃 (涙の花) -

바람에 스치듯 내 아련한 지난 기억 속에
햇살 속에서 내 손등 위에 꽃잎을 놓아 주던 내 님이여.
기억조차 하지 못하는 아픔조차 느끼지 못하는

내 가슴에 꽃이 눈물이 되어 흐르네.
사랑아!

나를 지나가네.
이제와 내가 세상 속에 돌아온 이유를 알고 싶은지
내 뺨에 흐르는 내 기억들 모두
꽃 되어 내 가슴에 피네
눈물로 내 맘에 흐르네
---------------------------------------------------------
by Kim (2012-01-20 19:21) 

花かんざし

Kimさん、こんばんは~
歌詞まで教えて下さって
こちらこそありがとうございます~!!

翁主の悲しい心の叫びが歌詞になっているのですね~
思わず涙ぐんでしまいました~~

改めてきちんと訳してまた新しい記事でご紹介いたしますね!
本当にありがとうございます^^

by 花かんざし (2012-01-20 21:56) 

Kim

花かんざし、こんばんは!

日本語にも翻訳され、ドクヒェオンジュのいい曲を他の日本の方にもたくさん教えてください。
よいデータの継続収集してくださって、よくここに訪問したいと思います。
特に、韓国と美しい韓国の文化をブログで紹介していただきありがとうございます。
by Kim (2012-01-21 00:43) 

花かんざし

Kimさん、こんにちは。
コメントありがとうございます♪

歌詞訳は今準備中です~もうしばらくお待ちくださいね~

私の韓国語はまだまだですので、出来ることは少ないのですが、
それでも多くの人に関心を持ってもらえる
きっかけになればいいなと思います^^

by 花かんざし (2012-01-22 16:42) 

1969

 随分前に張赫宙の「李王家悲史 秘苑の花」をお知らせしましたが、この作品が「英親王李垠伝」の版元の共栄書房から復刻されます。Amazonで扱っていますから注文出来ます。この作品には徳恵翁主は一箇所しか出て来ませんし、張は徳恵翁主を純宗と純貞孝皇后の公主だと書いていますが、この時代の旧韓国皇室を知るには必読だと思っています。本馬恭子さんが「秘苑の花」を読まれたら、さぞ激怒される事でしょう。今までは「秘苑の花」を読まないで、英親王や方子女王を描いている、という本が殆どだったのに、これからは「秘苑の花」を参考にしているのに方子女王の諸自伝などを読まないで描いている、という冗談めいた事が現実になろうとしています。
 金乙漢の「人間李垠」(「徳恵姫」では「人間英親王」と紹介されている本の原題)も、誰かが紹介してくれたらいいのですが。
by 1969 (2014-06-22 22:02) 

花かんざし

1969様、こんばんは。
コメントありがとうございます^^

以前コメントでご紹介下さった「李王家悲史 秘苑の花」ですが、
その後たまたま近くの図書館にあったので借りて読むことができました。
実はかなり古い本なので傷みもひどく既に書庫から外され処分される寸前でした。
ページをめくるのも気を遣いながら読んだことを思い出しました^^

今回その本が復刻されるとのこと。6/25に発売なんですね。
これは徳恵翁主に関心を持っておられる方々にとっても朗報ですね。
確かに翁主に関する説明は誤りがありますし、登場することもほとんどありませんが、
当時の時代背景を知る上で大いに参考になることでしょう。
既にご存知かと思いますが、クォン・ビヨンの小説「徳恵翁主」も既に日本語訳本が出版されていますし、徐々に資料が入手しやすくなって嬉しい限りです。
こちらにご紹介下さり本当にありがとうございます。

by 花かんざし (2014-06-24 00:51) 

1969

 返事が遅くなりました。
 「秘苑の花」は昭和二十五年刊の本ですものね。なかなか古書市場にも出回らないので、六万五千円強で売っている古書店があります。当方は20年ほど前に状態のいい本を四千円で買いました。
 「徳恵翁主」は読みましたが、出来の悪い「抗日」小説でした。金乙漢記者と彼の夫人の閔徳任氏を主人公にした方が面白いだろうに、「親日」期の新聞記者では、やはりまずいのでしょうか?と思いました。
 本馬氏の「徳恵姫」で京城時代と掲載されている写真を大いに参考にした金用淑氏の「朝鮮朝宮中風俗研究」は法政大学出版局から「朝鮮朝宮中風俗の研究」として邦訳が出ているのは御存知かと思いますが、1987年に初版が出たので、追記されている箇所がありますが、何故か徳恵翁主が現存者であるかのようになっています。宗武志伯爵に対する侮蔑的な記述もそのままなので、金用淑氏は「徳恵姫」を読んでおられなかったようです。一万円近い専門書ですが、朝鮮時代の宮中について書かれている日本語で読める本は、これ以上のものはないでしょう。「秘苑の花」で使用されている朝鮮語の用語の意味を知ったのは、この本なので思い入れはあります。
 「徳恵姫」で結構活用されていて、「秘苑の花」と「朝鮮朝宮中風俗の研究」で参考にされている権藤四郎介の「李王宮秘史」は、ぺりかん社から復刻版が出ていましたが絶版のようです。
by 1969 (2014-09-16 00:35) 

花かんざし

1969様、おはようございます!
コメントありがとうございます。

いつも多くの資料をご紹介下さりありがとうございます。
「徳恵翁主」に関心を寄せる方々が検索でこのページにたどり着かれることもあると思いますが、そんな方々にとっても参考になる情報だと思います。

機会があれば私も読んでみたいと思います。
ありがとうございます。

by 花かんざし (2014-09-18 08:24) 

1969

 こんばんは。
 多古吉郎氏の「物語のように読む朝鮮王朝五百年」という本に、徳恵翁主が京城時代に書いた童詩が一首紹介されています。「実は、朝鮮王朝の血を引く少女が抱えた詩才は、現地の日本人教育者や児童文学者たちから注目され、「童詩の天才」とまで讃えられた。」(214頁)との事です。あれほど徳恵翁主を調べた本馬氏が一言も言及されなかったのか、と思いますが、京城時代を書く際に使われた参考文献の「李王宮秘史」や「朝鮮朝宮中風俗の研究」には童歌には言及されていなかったからでしょう。
 この本は一昨年刊行されたので入手出来ると思います。お値段は762円プラス税です。
 確か民団のサイトで多古氏は、この本で紹介された他の童詩も紹介されています。
 邦訳の「朝鮮朝宮中風俗の研究」について、追記します。この本が1987年初版というのは勿論、韓国での話しで、邦訳のテキストは50頁に「2000年」という注記があります。訳者あとがきには特に記載がありませんが、著者紹介には金用淑氏は2003年に故人になられたとあるので、多分最終版を使っていると思います。
by 1969 (2014-09-19 00:06) 

花かんざし

1969様、こんにちは!
またまた書籍のご紹介ありがとうございます。

「物語のように読む朝鮮王朝五百年」
まだ読んでいないので検索してみたら、韓国の歴史ドラマに興味のある方ならどなたでも気軽に読めてドラマの理解に役立ちそうな本のようですね^^
朝鮮王朝500年ということはかなり幅広い内容をまとめたものだと思いますが、
そんな中、徳恵翁主に関する記載もあるのですね~
教えて頂かなかったらたぶん読んでも気づかずにいたかもしれません。
ありがとうございます。

by 花かんざし (2014-09-19 15:01) 

1969

 お久しぶりです。
 新国立劇場で田月仙氏が脚本を書いて主役を演じる方子女王のオペラがあるのを知ってチケットを取りましたが、結構売れているようです。HPで紹介されている粗筋を読んだ限りでは、旧来の「ストーリー」を採用されているようです。
 もうお読みになったかと思いますが、中公新書の「朝鮮王公族」という本が3月に出ました。著者の新城道彦氏は法政大学出版局から「天皇の韓国併合」を書いた若い学者です。「天皇の韓国併合」は、おやっ?と思う箇所はありましたが、色々と勉強になったので、どういう本だろうか、と期待はしましたが、英親王のような「彼ら王公族の第二世代は、第一世代のように安定のためとしてよりは、自明のこととして王公族の地位を受け入れ、皇族と同じ義務を果たそうとした傾向がある。」という結論が前提にあるからか、「天皇の韓国併合」では参考文献として紹介している「秘苑の花」を一言半句も触れていません。李光洙や李泰俊の作品からの引用はあるのに関わらず。この本の2・26については「英親王李垠伝」と浅見雅男氏の「皇族と帝国陸海軍」を引き写した記述になっていますので、ラジオの勧告文を聞いた英親王が「これを聞いて感じない者は日本人ではない」と言ったと記していても、「秘苑の花」の「垠殿下は、包囲された謀反部隊を目の前にして、遠く朝鮮を想われた。」は当然ながら引用していません。他にも氏にとって「都合が悪い」事柄は史料ごと無視しているところはありますが、王公族についてまとまった一般書は多分、初めてなので、読んで参考になります。もっとも徳恵翁主については、それ程触れてはいませんが。
by 1969 (2015-07-14 21:36) 

花かんざし

1969さん、こんにちは!
本当にお久しぶりですね~コメントありがとうございます。

今回も色々と貴重な情報ありがとうございます~^^

>方子女王のオペラ
早速探してみました^^
http://lastqueen.net/2about.html

音楽と台本そして演技、衣裳を含めた舞台演出。
バレエやオペラ、ミュージカルは総合芸術と言われますし、
きっと見ごたえある舞台なのでしょうね~^^

>中公新書の「朝鮮王公族」
またまた興味深い書籍のご紹介をありがとうございます^^
機会があれば読んでみたいと思います。
今のところ、近くの図書館には置いてなかったもので、
今度書店で見てみます~

自分が直接見たり、聞いたり、体験した話を書くのでも
記憶違いや、記憶の忘却、そして全体の中における自分の立ち位置を認識できていないことによる誤解が沢山ありそうなのに、
過去の資料などから他人の人物像を浮かび上がらせるなんて、私には想像すらできない困難な作業です。
遠い昔だと資料そのものが少なくて、想像して補完しなければならなくて。
少し前の時代だと比較的多く存在する資料から取捨選択した結果、肝心な事を取りこぼしてしまうこともありそうです。
完璧な一冊というのは無いのだろうと思います。
ですからやはり様々な角度から物事を捉えるように心がけ、自分の中の歴史認識も日々更新していく必要があるのですね。

by 花かんざし (2015-07-16 18:49) 

1969

 「昭和天皇実録」の公刊に合わせて、40年前に新潮社から出ていた加瀬英明氏の「天皇家の戦い」が「昭和天皇の戦い」と改題して勉誠出版から再版されました。この本は昭和20年の元日から22年の十一宮家の皇籍離脱までを取材して書かれていますが、李王家についても二章にわたって書かれています。旧版では敗戦後に短期間だけ導入された皇族服の説明に英親王が出席していたので、宮内省の部長から「『皇族御服』は皇族だけのものであって、王族は含まれていない」云々と言われたという箇所がありますが、新版でもそのままです。ここは「高松宮日記」昭和20年9月24日条の「李王家ノニハ裏菊ノ代リニ『李花」トスル案アリシモ、思召ニテ別扱セヌ様トテ仝ジニスルコトヽトナル。」という記述と正反対です。それで版元に問い合わせたら、著者の事務所から返答が来て、「『高松宮日記』のことはすっかり忘れていた」との事でした。著者は故高松宮と親密な関係があった事を書いているので、「高松宮日記」は刊行された時点で妃殿下から下賜されたと思いますが、こんなに軽い扱いをされているのには正直言って呆れました。本田節子氏の「朝鮮王朝最後の皇太子妃」にも同じ事が書かれていますが、参考文献に「天皇家の戦い」が出ているので、この本を参照にしたのでしょう。
 この「昭和天皇の戦い」(「天皇家の戦い」)には、ほんの少しだけ徳恵翁主が出て来ます。主な情報源が方子女王と金乙漢記者だからか、加瀬氏は「ソウルのホテルで、かつて徳恵姫と、やはり幼少のころに婚約していた老人と会った」事が紹介されています。勿論、金乙漢記者の弟です。徳恵翁主の幼稚園時代の学友で「徳恵姫」の京城時代の記述の種本の「朝鮮朝宮中風俗の研究」で徳恵翁主の思い出と写真を提供した金乙漢記者の夫人の閔徳任氏は出て来ません。
by 1969 (2015-07-16 23:58) 

花かんざし

1969さん、こんばんは!
コメントありがとうございます~

色々と詳しいお話しをありがとうございます。
歴史の難しさをつくづく感じます。
資料が存在することや、その資料の分量や種類と
資料が示す史実の大きさや重要性はたぶん違うこともあるでしょうし、
資料の信憑性だとか、資料として残らなかった事実もあるでしょうし。

間接的にしか知ることのできない歴史を
受け止める側は、一つの話を聞いてまるごと納得するのでなく、
違う意見にも耳を傾ける姿勢が大切ですね。

徳恵翁主に関する部分は書物に記述があるだけでも
またそこから広がる部分がありそうですが、
それにしても参考文献のバラエティが少ないのが残念。
김을한(金乙漢)の弟김장한(金章漢)の話は
資料が少なすぎるようなのでちょっと気になります。

久しぶりに検索してみたら
韓国では「徳恵翁主」が先月末までミュージカル上演されていたようですね。徳恵翁主と正恵は一人二役で演じていたようで、2013年から毎年上演されているようです。
また映画化もされるようで、徳恵翁主役には日本でもよく知られている韓国の女優さんの名前が上がっていました(まだ正式決定ではありませんが)。こちらは小説「徳恵翁主」が基になるようです。

by 花かんざし (2015-07-17 22:41) 

1969

 そういう話しがあるようですね。当方もネットで読みました。原作が面白くないので、映画化されて日本で上映されたら(単館上映になると思いますが)資料集めのつもりで見るとは思いますが、期待などしていません。
 最近、「盛んに」?出版されている「嫌韓流」ものの某書を読んでいると、方子女王が海自の音楽隊に「軍艦マーチ」を演奏するように勧めた、という話が出ています。元ネタは日本の古本屋で検索して見つけた大東塾の機関誌「不二」平成22年8月号に掲載された「日韓併合百年に際し李方子妃殿下の御心を思ふ」のようです。この稿では昭和天皇の大喪の礼に方子女王が参列された際に「風邪を召されたようだ。帰られてからずつとそのお風邪が治らず三月の末に薨去されました。」とありますが、小田部雄次氏の「李方子」によると死因は「食道静脈瘤破裂といわれる。」(259頁)とあります。勿論、薨去の日時は4月30日(徳恵翁主の9日後)です。この稿では本田節子氏の「朝鮮王朝最後の皇太子妃」に立腹した方子女王が「そんな程度の低い話ではない」、「『ここまで来たら私が書く』といふので御自分が書かれたのが『流れのままに』なのです。」、「この本が上梓された時、妃殿下はすでにお隠れになられゐました」と書かれていますが、この稿を書いた人は「流れのままに」も「朝鮮王朝最後の皇太子妃」も読んでいないのでしょう。「流れのままに」は「昭和59年1月1日発行」で、「朝鮮王朝最後の皇太子妃」は「1988年7月20日 第一刷」と奥付にあるのに。「金枝玉葉の御出身の李王妃方子女王殿下」という視点で書いているのに、こんな間違いがあるものが元ネタとなって流布されているわけです。
 それを言ったら「徳恵姫」の京城時代の元ネタの「朝鮮朝宮中風俗の研究」では、この本の初版が韓国で出たのが1987年なので、つい二年前まで生きていた宗武志伯爵を「老官人たちの話」として「彼は片目で身長も低く、大変な醜男だったという。」とありますから、書く対象を仰ぎ見るか「倭奴」と見るか、はともかく、相手をまともに見ない、という点は一致しています。
by 1969 (2015-07-24 00:14) 

花かんざし

1969さん、こんばんは!
コメントありがとうございます。

>原作が面白くないので、映画化されて日本で上映されたら(単館上映になると思いますが)資料集めのつもりで見るとは思いますが、期待などしていません。

そうバッサリ切り捨てられると身も蓋もありませんが...
確かに小説の素材は非常に興味をかきたてられるもので、こうしてブログ記事まで書いてしまいましたが、ストーリー的には架空人物がもっと思いがけない動きをしてくれたら面白く読めたのになと思いました。読者はただ読むだけなので苦労なさった作家様には無責任で失礼な発言ですが。

映画化は制作にこぎつけるまでも大変なようですが、
映像となると文字だけの世界でなく細かい部分まで具体的に再現することになりますよね。
最近放送されたある韓国ドラマでも登場した日本人役の女性の着物の着付けがとっても変でした。
これが逆の立場になった時にもたぶん同じように言われてしまうのかもしれませんね。
そういう部分を見ると、様々な文化交流が活発になったとはいえ、まだまだお互いを理解していない部分が多いことにハッとさせられます。

徳恵翁主も子役時代は韓国が舞台なのでバッチリだと思いますが、
大きくなってからは日本が舞台になるので、
言葉遣い、所作、日本家屋のしつらえ、当時の東京の様子などなど、
細かい部分からしてどうなっちゃうのかなと少々心配でもあります。

by 花かんざし (2015-07-24 23:57) 

1969

 「徳恵翁主」の感想について当方が一刀両断にした、とお感じならば、失礼しました。
 当方は韓国語が読めないので、邦訳を読んだ感想ですが、「はしがき」にあるように「翁主の帰国は当時新聞記者だった金乙漢の努力で成遂げられた事を明記したい。」と断っていますが、型にはまった倭奴と独立運動家ばかり目立つので、韓国の読者ならば満足するにしても、当方には却って作品の深みが感じられません。特に特高の内鮮係に摘発もされず、昭和37年まで時間を無駄にしているような独立運動家の造詣に疑問符をつけます。作者が金乙漢記者を主人公にしないのは、多分、彼が戦時下に新聞記者をして、日本で洪思翊中将にインタビューしたような「実績」があるからだろう、と思います(金素雲の「天の涯に生くるとも」には彼が好意的に書かれているので、金素雲に取材をした事があるようです。多分、「秘苑の花」の作者の張赫宙にも取材した事があると思います)が、彼と閔徳任夫人を一方の中心にした方がよかったでしょうに。
by 1969 (2015-07-26 21:37) 

花かんざし

1969さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってしまいました。

私の表現によって気分を害されたのでしたら、
こちらこそ大変失礼いたしました。
いちおう、ここではクォン・ビヨン氏の「徳恵翁主」を話題にしておりますので^^

この作品に対する感想は人それぞれ違うでしょう。
そもそも読書の感想や意見は十人十色だと思っていますから。
1969さんのご意見も大切なものだと思います。

韓国でベストセラーになったのは、やはり韓国の人々も忘れていた翁主の存在を今一度大衆に知らしめた部分が大きかったようですね。この小説がきっかけで徳恵翁主についての関心が高まり、話題にする人も増えたわけですし、更にこの本の「作者の言葉」に書かれている本馬恭子氏の「徳恵姫」韓国語翻訳本まで読む人々も多いようですから、
小説というよりは素材そのものによって人々の魂がゆり動かされたようです。
また「徳恵翁主」「徳恵姫」とも私は、作者の中庸のスタンスが伝わってくるように思いました。

描かれる日本人については、韓国の人々が持つあの時代の代表的な日本人像があのような感じなのだろうと思います。
詳細をよくご存知の1969さんからすると気になる部分が多いのですね。

金乙漢夫妻の目を通して見た徳恵翁主ですか?
幼稚園時代の同級生と婚約者の兄であり帰国に尽力した人物ですからそれも面白そうですね~^^

ところで、全く同じコメントが連続して投稿されていましたが、
先に投稿されたコメントも1969さんの投稿であると判断し
こちらで削除させていただきました。ご了承くださいませ。

by 花かんざし (2015-07-31 20:05) 

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